2017年10月15日

仏教×農業(&植物)


こんにちは。

ブリッジライターNAOです。



今月のテーマは「仏教×農業」です!


なぜなら、
ここ最近テーマとして「日本思想」を扱っている中で
先月のタイトルが「神道×農業」だったので、

バランスを取ろうかと^^


(日本の歴史においての神道と仏教(神社とお寺)の関係・変遷について
 基本の振り返りは、こちらの記事が簡潔平易でオススメですよ^^
            ↓
参照:神社とお寺の違いはどうして分かりづらいの?
https://hotokami.jp/articles/14/




それと、今月19日(木)に僕自身が勉強会で話す機会がありまして、
その演題が「量子論(素粒子論)×『般若心経』」
ですのでタイムリーということで(笑)



(追記)
勉強会は無事終わりまして、当日配布したレジュメはこちらです。
ご参考までにどうぞ。pdf4枚です。
(ブログ公開用レジュメ)量子論×般若心経



でも実は、
仏教から農業に関することを見出すのは難しいんですよ・・


なぜなら、本来の仏教の教えでは
出家僧は”労働=農耕”をしてはいけないので

(※そのため乞食=托鉢をして在家の信者に支えてもらっています)

教義=経典の中に農業に直接言及しているようなことは
あまり見られず・・。




もちろん、誰もがその名を知る宮沢賢治
農業技術指導員/農学校教員、かつ熱心な仏教徒だったり、


グーグルサーチエンジンにて「仏教 農業」で2語のキーワード検索して
現時点(2017年10月)で1番上に出てくるサイト
                      ↓
参照:「農業×芸術×仏教〜昔の知恵に尋ねる今を生きるヒント〜」
http://tarikihongwan.net/goen_labo/8909.html

の中で味わい深い話がたくさん読めたりと、



仏教に結びつけて農業を語ることはできないってことはありません。



ただ、教義の中に直接は”農業”が含まれていないので、
これだ!という核心となるポイントを定めにくいんですね。


なので、今月の記事では、
いくつかの別サイトをダイジェスト的に紹介する形式にしてみます。

その紹介した内容に興味が湧いた場合、
詳しくはそちらの方のリンク先に飛んで読んでみてください。




では、ラインナップをどうぞ^o^



<@禅宗における自給自足スタイル>


<A”仏性”と自然栽培の共通思想>

<B植物は慈悲そのもの?作物と人間の”いのちの支え合い”>

<C植物の知覚/知性>

<D勉強会お知らせ「量子論×『般若心経』」>



仏教イメージ.jpg




<@禅宗における自給自足スタイル>


========
農耕は、初期仏教サンガでは殺生になるからと厳禁していたことです。それを解禁した中国人が、その代わりのように考えたのが「精進」の野菜食のようです。
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参照元:玄侑宗久さんに聞く禅についてのQ&A
https://www.advertimes.com/20121226/article97773/ 


========
禅門では作務(労働)は動く座禅だともいい、作務の中にも禅定工夫を求める修行として捉える
========
参照元:<今月の禅語>一日不作一日不食
http://www.jyofukuji.com/10zengo/2010/11.htm



仏教では修行において”労働=農耕”が禁じられているとはいえ、

禅寺の人は畑を耕して自分で収穫しています。
自給自足ですね。


それは、インドから中国に仏教が伝来したときに、
乞食のスタイルだけはどうしても受け入れられず
(中国では乞食は最下層民がやることなので)

仕方なく・・・ということだそうです。



ただ、この柔軟な対応ができたおかげで、

中華の権力者がたまに
仏教弾圧の政策方針をとったときでも、

完全に潰されることなく生き残れたのでしょう。


どの世界宗教も教義にタブーはあり、
その上で布教活動に際してその地域の元々の文化も取り入れるものですが、

その中でも仏教の場合は特に、
伝わった先の地域の習慣に柔軟に合わせられる性質があるのですね。


・・まぁそのために、もはや仏教と呼べないものになったり、
完全吸収されちゃうこともあるんですが・・・苦笑

(日本の神仏習合と、葬儀関連の職能集団になってしまったのは典型例。
 ヒンドゥー教には、その一部として取り込まれてしまいました。) 





<A”仏性”と自然栽培の共通思想>


========
仏教には、「山川草木悉有仏性(さんせんそうもくしつうぶっしょう)」という言葉があります。
これは草や木、生物のような自然界の全てに存在する意味があるということです。
つまり、どんな虫でもどんな草でも、生きる意味があるということです。

========
参照元:「弟子日記F自然栽培を知る【後編】〜神社・お寺と自然栽培の共通点とは?〜」
http://dothesamurai.com/2017/10/01/1055



「山川草木悉有仏性」

これはなかなか重要な概念です。
汎神論」にも近いですね。


正確には「万物に仏性がある」というのは、
どんな”いきもの”もブッダ(世界のしくみを正しく理解した人・存在)になりうる、
ということです。


それをたまたまその瞬間だけ作物を害するように見える虫を
薬剤を用いて殺すことで、

食物連鎖などその他もろもろの生態バランスが崩れ
別の場面で作物にとって良くない現象が起こり、

収穫を維持するために
さらに他の薬剤や栄養剤を追加していく・・
(しかも毎回のことでキリがない)

という悪循環。


この愚かな悪循環を断ち切るために、
なるべくその生き物たち全体の働きを
邪魔しないような農業のやり方・あり方として、

自然栽培がある、ということですね。




そういえばこれ書いていて思い出しましたけど、

自然栽培といえば以前このブログで、

2016年2月に奈良県桜井市の
川口由一さんの「乾坤塾」に参加した際の
レポートを書いたのでした。
 ↓
参照:「乾坤塾レポート 自然農・川口由一さんの世界」
http://boom-nao.seesaa.net/article/434900576.html

そのとき、なんと『般若心経』
テキストの一部に使っていたんですよね。


川口さんの教えの中の1つの参考文献
っていう位置づけだとは思いますが、

般若心経(=大乗仏教の基本)の示す世界観は、
農業技術という分野では、
やはり自然農に行き着くということなのでしょう。





<B植物は慈悲そのもの?作物と人間の”いのちの支え合い”>


========
(十九世紀の半ば、ライプツィヒ大学のグスタフ・フェヒナーは)植物のあらゆる活動の究極の目的は、「個体のではなく、全体の快」だと結論しました。これは殆ど、仏教の云う「慈悲」の定義といってもいいでしょう。
========
参照元:『現代語訳般若心経(玄侑宗久)』
http://www.1minute-reading.com/article/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3%E8%88%AC%E8%8B%A5%E5%BF%83%E7%B5%8C.html 


========
作物も人間も互いに命を支え合っている。今の農業ではその側面が見えにくくなっている。
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参照元:復活なるか?「江戸東京野菜」
http://colors-style.com/articles/276

(※山形県庄内の在来種にフォーカスしたドキュメンタリー映画
 『よみがえりのレシピ』の中のセリフです。)


植物の生き方は「慈悲」そのもの?

これは自我が強い人間の感覚では
かなり共感しがたいところかもしれません。


でも、共感は難しいのですが、

事実として、

地域特性に合わせた伝統の農作物と、そこに暮らす人々との間には、
本来は共生関係が成り立っていたはずです。


作物(植物)にとっては、人間に手をかけて世話をされ、
種を採って、また撒いてもらうことで何世代も”命をつなぎ”ます。

人間にとっては、その土地で飢えないため、
また、地域経済をその作物(植物)に支えてもらって”命をつなぎ”ます。





さらに、昆虫と植物の間の関係の事例ではありますが、

参照:生きるためのX 溝上広樹×田原真人
https://www.youtube.com/watch?v=0mI0qJVWB1I

 田原氏:物理の予備校講師としてご著名で、
     現在は「Zoom革命」などご活躍中。
 溝上氏:博士号を持つ高校の生物教師で、
     アクティブラーニングなど最先端の教育手法を採り入れています。


こちらの対談動画の2〜9分あたりの
7分間だけでも聴いていただくと、めっちゃ面白いです!

一部を抜粋します。
========
特定の種類の植物しか食べない(単食性)シジミチョウの化学生態学の研究で感じたことは、「共進化は競争の原理」・・・と教わっているが、よく観察してみるとそんなのはしっくりこない!
植物側はちょっと食べられたくらいでは全然平気。器が大きい。チョウからの絶対的な信頼がある。

========


それ(生物界の大きさ・複雑さ)を垣間見た時の
「諦めにも似た共感」って溝上氏のセリフ、

これってほとんど「悟り」の境地かと思っちゃました^^





ところで、以上の事例と対称的な見方ですが、

漫画で示されていて分かりやすいこちらのエピソード、

参照:人類が小麦に騙された日(サピエンス全史より)
https://togetter.com/li/1153735

小麦に騙された1.jpg
(↑画像クリックするとこの前後の漫画も読めます)


これは人間と小麦が関係を強めすぎて、
いびつな依存の構造になってしまった、ということですね。


「小麦による策略」みたいな表現してますけど、

人間側の(大局的な)知性が足りないんじゃないの?
って話だと僕は思います・・・^^;;






<C植物の知覚/知性>


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植物は、宇宙の一部として自分の身体を介在させている。宇宙全体をも自分の身体の一部としている
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参照元:
『宇宙樹 cosmic tree』(竹村真一)
http://www.1minute-reading.com/article/%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%A8%B9.html
植物/樹木と動物/人間@インターネットと農業
http://boom-nao.seesaa.net/article/360273161.html


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もしかすると、植物には眼・耳・鼻・舌・身・意という六根に分かれる以前の、総合的で根源的な感覚があるという考え方もできるのではないでしょうか。それは大袈裟に云えば、「空」を「空」のまま感じる能力かもしれません。もしそうだとすれば、中枢神経の末端を肥大化させて脳を作り、その感覚を器官によって分化した動物たちは、ある意味で植物よりも退化したのかもしれないと、私は思います。
========
参照元:『現代語訳般若心経(玄侑宗久)』
http://www.1minute-reading.com/article/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3%E8%88%AC%E8%8B%A5%E5%BF%83%E7%B5%8C.html 


うーーん、このあたりから、なんか話が難しそうだし、
「農業」とは離れてきたような気がしないでもないですが(苦笑)、


植物に寄り添う思想・農法という意味で
「シュタイナー農法」への橋渡しにもなるかな、

という意図でちょっと紹介だけしておきます。



前述にあるとおり、
植物が「慈悲」(の心?)を持っているとすれば、

当然、何かしらの知性や知覚能力を持っているということです。
(人間がイメージしやすい”知性”ではないかもしれませんが)



そうして外の環境へ”開いた”知覚能力で、

遠く離れた天体の影響も感知してつながり
周りの生物・無生物を巻き込んで

全体最適へ向けて”主体的に”自身を変化させる。


これは動物にはなかなかできない芸当ですね〜。


この、動物と植物の感覚能力の違いは、
こちらの記事に詳しく書いています!
  ↓
参照:植物/樹木と動物/人間@インターネットと農業
http://boom-nao.seesaa.net/article/360273161.html

(約4年も前に書いた文章なので恥ずかしいですが。。。)



さらに、
たまたまその環境下におかれて競争に勝った者、
すなわち自然淘汰で生き残った者が進化の結果、

・・というのでなく、

その環境を知覚して、それに応じて”主体的”に対応する、
という観点では、
今西進化論」も彷彿とさせられますね^^
  ↓
参照:図解『今西進化論』@インターネットと農業
http://boom-nao.seesaa.net/article/imanishishinkaron.html






<D勉強会お知らせ「量子論×『般若心経』」>


10月19日(木)19〜21時、
東京都品川区某所、参加費無料

「量子論(素粒子論)×『般若心経』」

のタイトルで、僭越ながら僕が話します^^


(追記)
勉強会は無事終わりまして、当日配布したレジュメはこちらです。
ご参考までにどうぞ。pdf1〜2枚です。
(ブログ公開用レジュメ)量子論×般若心経



その勉強会のメーリングリストに掲載した
案内文はこちらになります。

========

「量子論」と「般若心経」?
無理矢理こじつけているんじゃないの?
・・と思われてしまいそうなほど、
この2つは離れた領域の分野ですね。

それでもなお、部分的ではありますが
「量子論と般若心経は同じことを言っている」
ということを示す予定です。

実際、実は「科学」と「仏教」には
「現象世界を法則性によって説明する」
という共通の目標・方針があります。

だからと言って
釈迦は2500年も前に最先端の物理学を知っていた!
などとオカルトなことを主張するつもりはありませんが、
曇りなく真摯にものごとを思考・観察してみると
どうやら同じような世界観が現れてくるようなのです。

その上、前回の安冨さん寄田さんのお話
(ご参考までに、報告レポートです↓
http://bridge-writer.com/member/cf/yasuyori )
でキーワードだった「神秘」も含まれています。

若輩者ゆえ仏教の示す人生訓のようなことまでは
立ち入ることは憚られますので、今回の講義では、
この一見難しく、離れた2つの分野の共通点を
いかに数式を使わずに解説できるか、に集中します。
(でも、虚数「i」だけは登場させてください・・)

予備知識のない方も想定して準備いたしますので、
予習は不要で、どうぞお気軽にお越しください!

========



参加してみたい方、
または参加はせずに後でスライド資料など見たい方、
もしくは参加できるかどうかわからないけど
場所などの詳細をとりあえず知っておきたい方は、

このブログのページの最下部にある
登録フォームからメールアドレスなどを入力してくださいね^^


(追記)
勉強会は無事終わりまして、当日配布したレジュメはこちらです。
ご参考までにどうぞ。pdf4枚です。
(ブログ公開用レジュメ)量子論×般若心経


※どなたでもウェルカムな勉強会ではありますが、
 ウェブ上では公にしておらず一応は招待制っぽい感じなので
 メルマガ読者に限定して詳細を案内しています。




それでは、また来月!^^)/



ブリッジライターNAO



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当ブログのコンセプトと自己紹介を書いた初回記事
『インターネットと農業 とは』
http://boom-nao.seesaa.net/article/319009463.html

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posted by ブリッジライターNAO at 18:09| Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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